1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:33:42.85 ID:af9B1pP30
※ 天 天和通りの快男児の通夜編の内容を含みます
えり「あの…それやめてもらえます?」
咏「何を?」
えり「いやだから、その「わかんねー」とかその飄々とした態度とかをです」
咏「えー?どうしてー?」
えり「本当は、わかっているんでしょ?」
咏「何を?」
えり「例えば、この間の試合。阿知賀の松実玄選手のこととか…、彼女の打ち筋を正確に理解しているにも関わらず、口では「知らんし」とか」
咏「だめ?」
えり「私はいいです。でも、観ている視聴者とか、他のプロの方とかからしたら、良くない態度と言うか」
咏「確かにそうかもねー。こいつ知ってるくせになに保健きかせてるの、とか。態度うざいなぁとか、そう思われてるかもねー」
2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:35:26.27 ID:af9B1pP30
えり「……うちの局で準決勝が出来なかったのも、あなたの態度が原因と噂されていますし」
咏「ああ、まあそうだろうねぃ」
えり「わかっているなら!」
咏「でもね……曲げられないんだなーこれは…」
えり「曲げる……いったい何を」
咏「えりちゃんには話してもいいかなー…」
えり「え?」
咏「ちょっと昔の話をねぃ」
4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:37:21.79 ID:af9B1pP30
【6年前】
先輩「三尋木ぃッ!さっきの⑦筒切りはなんだぁッ!」
咏「え?」
先輩「さっきのオーラス、14巡目、なんであそこで⑦筒を切ったかって言っているんだ」
咏「え…えっと、ツモれる感じがしたかなーって…」
先輩「ふざけるんじゃねえ!プロなら、自分の打牌くらいしっかり理由を持て!」
咏「で、でも、一発でツモれたし、裏も三つ乗って…」
先輩「適当に打って偶然アガるなんてのは誰だって出来るんだよ!」
6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:39:29.77 ID:af9B1pP30
プロA「おいおい聞いたか、新しく入ってきた三尋木って奴」
プロB「ああ。インハイのバカツキの成績のおかげだけで入ってきた奴だよな」
プロA「ホントいい加減にしてほしいよな。最近のここの体制。学生の大会如きで成績出せたからって…」
プロB「牌に愛されているだとかなんだとか。死ぬ気で牌譜、打牌研究してる俺たちがバカみてえじゃねえか」
プロA「まあ小鍛治プロみたいに、しっかりとした知識を持った上での、だったらまだいいんだがな」
プロB「あれは駄目だ。完全な運だとか『カンセー』とかだけで入ってきやがった」
プロA「消えてほしいよな」
プロB「だな」
咏(う…うぅ……。私も、牌効率の勉強とかしないといけないかな……)
咏(でも……難しくて…全然わかんないよ……)
7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:40:41.12 ID:af9B1pP30
「おいおいここはどう考えても即リーだろ」
「その発なんで叩かないの?遅いよ?」
「今のはさすがにヌルいでしょ」
「三萬先打ちしとけよ」
「リーチ、すればよかったのに」
「打4索で2、3待ちの方が優秀じゃないの?」
「その形は捌こうよ」
咏(わかんねー……何を言っているかわかんねー…)
8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:41:34.30 ID:af9B1pP30
咏(勉強…もっと勉強しなきゃ……)
「その点差で親リーに押す奴がいるかよ」
「何切るで正解率23%って……」
咏(わかんねー…)
「三尋木プロ、ここは何を切れば」
「わからないんですか?」
「プロですよね?しっかりしてください」
咏(全てがわかんねー……)
咏「わかんねー…」
咏「全てがわかんねー……」
咏「麻雀…やめようかな……」
10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:43:06.06 ID:af9B1pP30
―――
――――
えり「そんなことが……」
咏「辛かったよ…あの時は。何もかもが訳が分からなくてね。口癖のように言っていたね」
えり「……」
咏「適当なことを答えると後が怖いから、わからない、知りません、って反射的に言うようになってしまって」
えり「……」
咏「今もその名残が残っちゃってるんだなーこれが…」
えり「じゃあ、なんで…今そんなに……」
咏「明るいかって?」
えり「え…ええ……。開き直っている、というか、吹っ切れている、というか…」
咏「……これは、おじさんのおかげだねー」
えり「おじさん?」
咏「うん……えりちゃん。赤木しげる、って知ってる?」
12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:43:59.32 ID:af9B1pP30
えり「え?…いいえ、知りませんが……」
咏「そりゃそうだよねぃ。裏の人だし……」
えり「その人が、何か関係が?」
咏「うん。……実はね。私一回プロ辞めてるんだ」
えり「え?」
咏「親から働けって言われて、就活の毎日。どれも上手くいかなかった。それで、一年くらい過ぎて…ある日、おじさんが亡くなったって知らせが入ってね……」
13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:45:04.79 ID:af9B1pP30
【4年前】
赤木「咏…プロを辞めたのか?」
咏「え?……どうして急にそんなこと……誰からか…聞いたの?」
赤木「いや…ただそう感じたんだ…。今日会って一見…。朧だなって」
咏「朧…?」
赤木「命が煙っている……まっすぐ生きていない淀み……濁りを感じた」
咏「………」
赤木「動いていない……。たぶん一年、ってところか。」
咏「確かに……私はプロを辞めたよ…。でも、動いてなかったわけじゃないよ。就活だってしていたし」
赤木「……俺が言っているのは命のことだ。命ってのはすなわち輝きなんだから、輝きを感じない人間は、命を喜ばしていないんだな…ってすぐ分かる」
咏「命……」
赤木「つまり、半死…。わけ分からないんじゃないか?自分でもこの一年間。何をやっているんだか」
14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:47:12.66 ID:af9B1pP30
咏「………いよ……」ボソ…
赤木「ん?」
咏「わかんないよ……おじさんには…」
赤木「……」
咏「プロの道に行かないで、ずっと裏に居たおじさんには、わかんない…」
赤木「ククク……あそこは行きたくはねぇな。俺は」
咏「それが、おじさんだもんね…」
赤木「だが、お前はそっちを選んだんだろ?裏じゃなくて、表。どうしてだ?」
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:47:49.11 ID:af9B1pP30
咏「…納得、出来なかった……。テレビとかで輝いている人たちが、おじさんたちより強いだなんて……『最強』だなんて信じれなかったんよ」
赤木「……」
咏「だから、私が……おじさんたちの麻雀が……プロでも通用するって……」ボロ……ボロ……
赤木「おいおい泣くなよ」
咏「でも……勉強全然できなくて……みんなに色々言われて……辛くて……わけわかなんなくて……」ボロ……ボロ……
赤木「……まあ……そうだろうな……。それがお前だからな……」
咏「でも、もう…いやになったんよ。傷つくのは。傷つくくらいなら……」
赤木「…そんなに悪いか?傷つくって…」
咏「え?」
17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:49:18.79 ID:af9B1pP30
―――
――――
咏「……それでね。おじさんは言ったんよ。いいじゃないか、三流で。熱い三流なら上等よ、ってね」
えり「傷つきは奇跡の素、ですか」
咏「それ聞いたらね、バカらしくなっちゃってねー。軽蔑され、誰にも認められなくて、嫌われる。そんなことを気にしている自分がさ」
えり「でも…それはやっぱり嫌じゃありません?」
咏「私を苦しめているものの正体って、まとも、とか、正しさ、とかそんな考えなんよ。みんなの正しさに自分を合わせて、それが出来なくて苦しかった」
えり「……」
咏「だから、私は私らしくあるって決めたんよ。あんな一種の集団催眠に振り回されない、合わせない。そういう意味なら、ダメダメな私でもいい。そんな感じかねぃ」
えり「欲しく、ないんですか?周りから認められたり、好かれたりとか…その……」
咏「……そういうものは、飾り、だねぃ。人生の飾り。人生の実は、ただ生きることの中に、ってね。私は、私の生きたいように生きるよ」
えり「その、赤木しげるさんのようにですか?」
咏「……そうだねー。おじさんも、最期までおじさんだったからねぃ」
18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:50:36.75 ID:af9B1pP30
えり「しかし、本当に特殊な通夜ですね。亡くなる前にする、というのは初めて聞きました」
咏「だろうねぃ。生前葬ともちょっと違うし、前例は無いねー。でも私もそう思うよ。話すなら、死ぬ前だねー」
えり「……こんなことを言ってはなんですが、その赤木さんに、会いたいって思いました。会って、話がしたいですね…」
咏「いるよ」
えり「え?」
咏「まぁ、おじさんの全てってわけじゃないけど、散っていったその欠片の一つは、私の中にいる。私の中で生きている」
えり「欠片……」
咏「だから、期待しててよー。この三尋木咏をねぃ」
えり「ふふっ。はい。期待させていただきます。三尋木プロ……。……」
19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:51:29.17 ID:af9B1pP30
えり「………」
咏「ん?」
えり「あの、一度プロを辞められてたんですよね?復帰はどのように」
咏「ああそれねー。その通夜に来た人達の中に横浜の監督さんがいてねー、頭を下げて、で、代表戦のチャンスを貰ったんよ」
えり「代表戦?本来ならプロでないと資格はありませんよね」
咏「辞表がね、受理されていなかったんだよ。戻ってくるって思ってたってね」
えり「そうだったんですか」
咏「でもドラフトでA1から出発だった最初と違ってD2からの出発。かなり厳しい条件だったねー」
21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:54:03.27 ID:af9B1pP30
【三尋木咏 プロ復帰半年後 横浜ロードスターズ代表戦】
先輩「まさか戻って来るとはなぁ三尋木…」
咏「げ……最後の試合はあんたとかー」
先輩「加えて随分と生意気に……それに、なんだ?その服装と髪留め」
咏「勝負服ってやつですよ」
咏(命は巡る。私が死んでも、土くれになって、微生物になって、魚か、鳥か……命ずっと続いていく)
咏(でも、そんな無限のサイクルの中でも、ジャスト生涯。その生涯においては、私は主役。全ては、私ありき)
咏(それを忘れないための、この髪留め)
23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:54:56.12 ID:af9B1pP30
先輩「はん。気にくわねぇ…。だがな三尋木そう思っているのは、俺だけじゃないんだぜ」
咏「だろうねぃ」
先輩「この半荘。てめぇがトップを取ることなんてねぇ」
プロA「……」
プロB「……」
咏「ふーん。『でもね』覚えておくんだね先輩。三人で囲めば圧勝できる?バカじゃないのー?」
先輩「何?」
咏「そういうこざかしいことと無関係の所に……強者はいるってことだねぃ」
24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:56:45.01 ID:af9B1pP30
【代表戦最終戦 南3局一本場 親 先輩 ドラ 西】
※赤牌は無し
咏 (西家) 1000
プロB (北家) 13100
先輩 (東家)親 73900
プロA (南家) 12000
咏(さすがに三対一はきついねー。この二人はあの人に完全に代表譲る気でいるよ。でもねー…)
咏「リーチ」 ※残り1000点においてのリーチは可のルール。
先輩(ちっ…今回は誰も鳴けねーのか…)
咏「ツモ。一発だねー」 パタ……
一二三四四四23466688
先輩「この点差でその形でリーチ?血迷ったのか?」
26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:57:37.38 ID:af9B1pP30
咏「……」スッ…
裏ドラ 四萬
咏「おー裏が乗ったねぃ。3100・6100」
先輩「もう一度言う。血迷ったのか?仮に同じ跳満を作るんだったら、タンピン付けてからリーチだろ」
咏「暗刻が二つある時は、リーチをして、一発でツモって、裏を乗せて跳満にする。それが私の麻雀さ」
先輩「ぐっ…」
咏(もう私は、あんたたちのルールには縛られない。私は私の麻雀を、ただやるだけ)
咏(その熱…行為ってのが……生きるってこと……実ってやつだねぃ)
27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/09(日) 23:59:21.80 ID:af9B1pP30
【オーラス 親 プロA ドラ 白】
咏 (南家) 13300
プロB(西家) 10000
先輩 (北家) 67800
プロB(東家)親 8900
先輩(ふざけたことぬかしやがって。だが点差を見ろ。役満の直撃でもない限り逆転の無い状況。どうにもならんだろ)
14巡目
咏「カン」①筒暗槓
咏「もういっこ、カン」 ②筒暗槓
先輩(なん…だと?この土壇場でドラ増やしか!?)
29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/10(月) 00:00:44.22 ID:1JdiOLJR0
新ドラ 中 九萬
先輩(何て事は無かったか…。中は下家が鳴いている。九萬は俺が暗刻で持っている。それに)
先輩 手牌 四四四九九九⑧⑨⑨⑨666
先輩(四暗刻単騎の聴牌。しかも、三尋木の頼みのドラ表示牌⑨筒も三枚殺している)
咏「リーチ」打・北
先輩(リーチ……やはりドラ頼みか、もしくはこの対子場、四暗刻単騎か…、多面張でのその両方か……)
先輩(現物が無い。和了牌の⑧筒、もしくは100%逆転される四暗刻単騎、それを回避できる『四枚目』の牌でも来てくれればいいのだが)
30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/10(月) 00:01:43.09 ID:1JdiOLJR0
先輩 ツモ 四萬
先輩(よし。来てくれた。⑧筒ならなお問題なかったが、これでも十分。残りはこれで凌げる)
打・四萬
咏「それ、ロンだねぃ」
先輩「は?」
三三三五五五五 暗槓①①①① 暗槓 ②②②② ロン 四萬
31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/10(月) 00:02:40.53 ID:1JdiOLJR0
先輩「何をやっている……それじゃ一発を含めても4飜止まり。ていうか、何故北を切った!?」
咏「北じゃあんた達から切られないでしょ」
先輩「スッタンだぞ!?」
咏「『だから』?」
先輩「ぐっ…」
32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/10(月) 00:03:37.65 ID:1JdiOLJR0
先輩(だが、その手は事実上裏ドラが無いに等しい手。⑨筒は三枚殺しているし、残っているのは二萬と⑨筒一枚のみ。それもトータル9枚乗せないと逆転には至らない)
咏「じゃあ裏ドラいきますかねぃ」
先輩「そんな馬鹿なことがあるか…乗るわけがない……」
咏「そこにあるのはコインの裏表のような世界じゃない。成功も…失敗も共に内包している世界……」
34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/10(月) 00:04:25.09 ID:1JdiOLJR0
一枚目 二萬
咏「これで跳満」
先輩(バカな。馬鹿な馬鹿な馬鹿な……)
咏(おじさんの麻雀を全て引き継ぐことなんて出来なかった。でも、初めておじさんの麻雀を見た時、一番印象に残ったのが『これ』だった)
二枚目 二萬
咏「これで倍満」
咏(王牌……人智を超えた神の領域……それも最も深い位置にあるこの裏ドラと、おじさんは対話していた)
先輩(こんな……こんな逆転があるか!)
35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/10(月) 00:05:46.89 ID:1JdiOLJR0
三枚目……
咏「そう言えば、有名なプロってみんな通り名とかあるけど、私のはいったいどんなのになるんだろうねぃ」
三枚目……二萬
―――迫りくる 怒涛の火力 三尋木咏
咏「キッチリだったなー」
37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/10(月) 00:07:31.59 ID:1JdiOLJR0
―――
――――
【赤木しげるの墓】
咏「おじさん…久しぶりだねぃ……」
咏「相変わらず、色んな物が置かれているね」
咏「んじゃ、代表通った記念に、私はこの扇子でも……」
ガサッ…
咏「ん?…なんだ猫ちゃんか」
咏「………」
咏「気持ちよさそうに寝ちゃってねぃ……」
おしまい
39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/10(月) 00:09:06.61 ID:pYaxSf2h0
ハイペース投下乙
アカギに親類居んのかとは思ったが面白かった
40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/10(月) 00:10:43.09 ID:v5UzNJYe0
乙
かっこよすぎワロタ